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 Koenji Raining


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縫製人間ヌイグルマー / 大槻ケンヂ

あなたを襲う不幸と 私は永久に闘っていこう
安らかに眠る寝顔に そっとフエルトの指を置いたなら


 ゾンビを操るに際して阿波踊りを導入している悪者に対し、杉並クリムゾン(ああ……)というアマチュア・プログレ・バンドが変拍子/ポリリズムで応戦する、高円寺にて。などということが沢山書かれており、一体私は今、何を入力されておるのか、と。

 恐らく。<物語>っていうのは、生を描写することによって、その唯一性を祝福する行為であるとか(人より若干過酷めな生であったとしても)、あまりと言えばあまりに冷厳なランダムネスに対する最終防衛ラインであるとか、そのようなものじゃないかな、と思った。

 大槻ケンヂはどうかと思うようなことに未だに偏愛を注いでおり、読むごとに現実/現在と乖離していくのが恐ろしい。誰がなんと言おうと『死霊の盆踊り』は面白くない。背徳的なKvltにより人外の者たちが饗宴を繰り広げる……と言えば聞こえはいいけれど、悪魔を言い訳にした薄いストリップであり、その内容も別に嬉しくない2時間。あれを御気に召しているってだけで、人間ランクが5ぐらい下がる。

「戦う前には、かっこよくポーズを決めてほしいんだ」
「……そんなことでいいのか?」
「兄貴、それより大切なことなんて地球にはないんだぜ。男の夢なんだ。それがヒーローなんだ。どんな危ない時だって、かっこよく見栄を切ってから戦いたい。それで死んだら、悔いはない」


 レヴィナスが<他者>って言うとき、そのアーキタイプとして、神様とか、死体とかがあると思うってのは前に述べた気がするけれど、そのようなものの召命に対して「はい、私がやります」と答える時以外、<わたし>って言葉は使えないんだって。その理路の補助線になる話だった気がするよ。だけど。

『死霊の盆踊り』は映画の形をした精神刑です。
『死霊の盆踊り』は映画の形をした精神刑です。





2010⁄09⁄06 21:00 カテゴリー:探検! 誰かの町 comment(2) trackback(0)











コメント



死霊の盆踊りは何から何まで冗長なのが見てて辛いんですよね。

「褒美に黄金を与えよ」
「もっと与えよ」
「もっと」
「もっと」

なげーよ!
(2010/09/07 20:05) URL | 雲仙奇面岳[ 編集]


全員の濁った笑顔も裏舞台を想像して
辛いものがあるよね。
(2010/09/08 00:13) URL | ゆ[ 編集]



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