Happiness is overcoming your fears
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 That's my soul up there


 住処を探すためにあちこちうろうろしていて思ったこと:なんか整形手術の後、長年の重荷から開放されてハッピーな人生を送る人と、止まらなくなってグズグズの血腥い手術人生を送る人とがいるらしいね。いや、詳しくないんですけれども。

 ふと、私が組織とか、人の集合に不信感を持つのと、上述の問題は同根な気がした。

 えーと、ある人がどんな欲望を抱えているかって、わりとその人の在り様を根源的に決めるじゃない? そうであるなら、適度に分散しているほうが好ましいんじゃないかと思っていて、そうであるならそれを束ねる組織なりシステムなりって、随分気味が悪いものだよなーって思うのです。

 挙句の果てにそういうのって、何だか途中から自走し始めたりするし。もっとそこら辺に意識的になったほうがいいんじゃないか。どのようなおぞましい欲望に突き動かされていようが、君の勝手だ。周囲に迷惑をかけない範囲で<生の一回性>ってヤツを存分に楽しむがいい

 誰の文章だったか忘れたけれど、列車に乗っていて気付くのはその広告の異常性。金貸しの広告の近くに債務整理の広告があり、さらには素晴らしくアレなマンションの広告とかあったりする。なんか「現代人の当然の嗜みであるところの当該の欲望」であり、むしろその流れに乗らないこと自体負け、はい、予選落ち、みたいな空気が息苦しい。

 そりゃあ自殺率も跳ね上がるよ。

 いや、暮らしに余裕があったり、お給料を多めにいただけるのは大変嬉しいですけれども。もうちょいみんなてんで好き勝手な方向を向いていたほうが健全なんじゃないか。整形手術に関して、全ての被っている不幸は全て容姿に起因する、という思いなしがあるかないかの違いにより、その後の生き方が変わってくるのではなかろうかと思ったのです。

 整形手術に関して触れたことと言えば『ヘルター・スケルター』ぐらいしかないけど。

 ともあれ。それぞれが棲み分けた方が、種の生存的な意味で競争が緩やかになり、その分<負け組>扱いされる人も減るわけで、色々と幸せになる可能性が上がるのではないかと思うのです。我々、もうちょい歩くペースを落とすべき。そして良識ある一般人が聞いたら眉を顰めるレベルの欲望に身を焦がしながら、日常をだらだら歩くべき。

 熾天使が己を灼く神の愛に身を投げ込むように、炎に踊り入る蛾のように。





2010⁄04⁄21 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(0) trackback(0)











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