Happiness is overcoming your fears
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 That's my soul up there


 忙しゅうございます。ただでさえプロジェクトが火を吹く予感をひしひしと感じる昨今(ええい、またか)、体調がアレであり、保険証を返した手前、なんだか病院に行き辛いのであり、さらにはそもそも病院がどこにあるかも解らない。なんか眼科とかはよく見る気がする。

 そんな中、プロジェクトでヘトヘトになって帰ったところで、右から左にさばくべき書類の山がお待ちかねとあっては、もう何もかも投げ捨てて男娼にでもなってしまいたい。そして最終的に何の価値があるのか理解しかねるような古本の山に囲まれ、古物商だか人間の残骸だか微妙なラインで終日ボーッとしていたい。

 でもきっと、私は古本の山を上手いことおかたづけ出来ない。ほとんどそういう主旨の地獄、あるいはアトラクションのように、どう足掻いても混沌の海に還ろうとする本の山の前で途方に暮れている気が、凄くする。そして諦念と慙愧の入り混じった「ああ、今日も片付かなかった」という気持ちとともに眠りに落ちるのだ。

 それを繰り返す。

 それは小さな無限であるように思われる。円城塔の『Self-Reference Engine』を読んでいて思ったのだけど、人間が無限を知覚するには、再帰するしかない。鏡の中の鏡の中の鏡の中の……みたいな。氏の行きつ戻りつする文体は、まさに再帰的で、そのような時間の中、空間の中で、男の子と女の子が出逢う。リリカル! リリカルですわ!

 そう。我々はたかだか10数枚の書類に<無限性>を観念する。

 無限をその果てに人間が知覚出来ないことと、知覚できないから無限であるということには、たいそうな隔たりがあるように思われますぜ。98まで数えた時点で面倒になったから100は無限という謂いが通ると思ってか。書類を書くのです。書類を……書く、のです……。





2010⁄04⁄13 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(0) trackback(0)











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