Happiness is overcoming your fears
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 That's my soul up there


 凍罪線に乗って辿り着くのは死の都也。

 何にせよ、いつもなら座って帰れるのに、金曜日の夜などは楽しい呑み会の帰りと思しきパーティ・ピーポーにて混雑するともなれば、私の憎しみは弥増す。なぁ、サンタさんの服がどうしてあんなに赤いか、あんた知っているか。

 そんな中、猛禽の勢いで座席を確保したれば、隣には膝の上に幼子を乗せたお母さん。幼子は小さいながらも、世界に愛されるという重大なミッションを粛々と遂行しており、色々なことに興味深々。あらゆるものに関心が移り、忙しい。

「これはいちご?」
「そうだね、いちごだね」
「あおいの?」
「それは緑だよ」
「でもあおいよ」

 言葉を覚えたてのようで、はたから聞いているとよく意味が解らないのだけど、その一言一言に丁寧に答える母親。ああ、あれは。意味を伝達せずとも、ただ喜びとしてのみ存在する語らい、ただ喜びとしてのみ存在する語らいじゃいないか。そして――言葉の途切れ間に、幼子の髪をすき、感極まったように頭を撫でる、その電撃のような。

ああ、私にもあのように人を愛する能力よ、宿れかし。
ああ、私にもあのように人を愛する能力よ、宿れかし。


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2010⁄12⁄22 21:08 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(0) trackback(0)







 引用039 『マルドゥック・スクランブル 排気』


 ウフコックがそれ以上何かを告げる間さえなかった。さっと首の後ろに手を回し、両手袋が背中でつながっていた接合部を外した。首の付け根で、はらりと布がはだけた。
 右手で左の二の腕をつかみ、ゆっくりと、腕を撫でるようにして下ろした。
 いつか客の要望でそうしたときのように。見せつけるようにして。

 剥き出しになったゆで卵みたいな肌が、つるりとあらわになった。それから右の手袋も外すと、綺麗に重ねてテーブルに敷き、その上に、素肌の腕を組んで乗せた。
 素肌の腕が、場を鋭く感覚した。ひやりとした感じだった。

 バロットはそれを、自分のの心が冷たく鋭くなる感覚なのだと思った。
 生きるか死ぬかという凄惨な覚悟に、自分の心が冷たく浸されてゆく感覚だった。
 それから、凍るような眼差しで、目の前の男を、まっすぐに見据えた。
≪私は、そんなに殺しやすく見えますか?≫

 アシュレイ・ハーヴェストは答えなかった。ただ、ゆっくりと、大きくうなずいた。質問の答えではなく。むしろ、ようやくバロットの顔が見えた、とでもいうように。

  冲方丁/『マルドゥック・スクランブル 排気』pp.164-165





2010⁄12⁄20 21:00 カテゴリー:引用、もしくは考えるべきこと comment(0) trackback(0)







 That's my soul up there


 今後何度初見殺しの問題を相手にせねばならぬのやらー。

 え、ゆは生まれて初めてまともな額のボーナスをいただきましたよ。あるプロジェクトでご一緒したSEさんが「社会人になったら金銭感覚なんて崩れていくばっかりよ」と仰ってたけど、私ときたらちょっとバイトを頑張ってる大学生ぐらいの調子で、うん、お前の言うことには蟻の陰毛程度も同意できない。

 まぁ、会社が潰れたり引越しを余儀なくされたりの様々なツケを払ったら、大した額残らないんだけどさ。真面目に働き続けたらいいことがあるかも知れないって思っちゃう。私の浮かれ具合ときたら、三本足の烏を射落とさんばかりで、『ハチワン・ダイバー』か『鋼の錬金術師』全部という無頼を働こうとしているところ。

 おう、この悪法の嵐が吹き荒れようとしている最中、マンガを一気読みしようと企てているぜ。何であれ、非実在何とかってのは、読み手と語り手に対する蔑視の表明以上ではなく、そいつを隠そうともしない権力者ってのは散々に戯画的で、何て言うか真面目に相手にしてらんない。

 王様! 独善と排外の王様! 玉座からの眺めはいかがですか!

 性愛を通さねば見えぬものがある。それは邪悪であるかも知れないし、惨めさであるかも知れないし、人間の業罪であるかも知れないし、命を繋ぐ喜びであるかも知れないし、もう一度生き直すことであるかも知れない。そのいずれであれ、責任は読み手と書き手の対話の中に在ると思う。

 下品短歌ってのがありましてね。友人が文学フリマに言ったおりサルベージしてくれたものなのだけど、なんかもう、なんかもう。煮ても焼いてもしょうもないものはしょうもない上の句を呈示され、それに下の句をつけるという遊び。何首か引いてみよう。それと同時に君もドン引け。何とか条例とか眠たいこと言ってる場合か。

 ひまわりを抱えた女児のくまぱんつ 寝ている母に履かせて泣いた

 飛行機の共同便所擦る俺 父さんこんな姿になって

 尿道にたんぽぽ一輪突き刺して お前はおれがこわくないのか

 還暦を迎え今日から男の娘 赤い電車で君の町まで

 ちんちんに巻きつけ垂らす赤い糸 無音の空が告げる終戦

 夕暮れの屋上だけど俺全裸 未来から来た、君救うため

 何故この上の句で詩情を立ち上げる必要がある!? 人でも獣でもないとすればそれは神話であり、絶望があり、倦怠があり、コミュニケーションがあり、他者と触れ合う心の震えがあり、赤不浄があり、それらを包む愛はとても暖かです。何にせよ、それは差し出さなくちゃね。「人としてキャズムを越えろ」越えるな越えるな。

Revolution EVER and revolution FOREVER!
Revolution EVER and revolution FOREVER!





2010⁄12⁄18 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(4) trackback(0)







 That's my soul up there


 それは太陽に似る。

 ちょっとした拷問のように超過労働が半年ぐらい続いている私たち。何だかんだで産業医面談とか、そういう話まで持ち上がっている始末で、いっそのことその産業医とやらの目の前で物語の中の快楽殺人鬼のように振舞ってみようか、と私の中の悪い子が。

 部屋の壁は勿論、付け狙っている女優のゴシップ誌の切抜きや盗撮した写真でいっぱいだし、蝶の標本とかもある。テレビを持たないため、お気に入りの女優とか別にいないのが信憑性を欠くけれど。何だかんだあって産業医を私のオブセッションの具現のような部屋に軟禁するのだ。

 そして私は告げるだろう。「ねぇ、充分な休養と定期的な運動が必要って言ってよ。君が充分な休養と定期的な運動が必要ですって言ってるところを見たいんだ」と。緩慢に死にゆく蝶を玩弄しながら。それは、産業医が瀕死の蝶と同様に無価値であると語る仕草かも知れず。

 なんて! ハンニバる前に部長面談ってものがありましてね! やだ、怒られちゃう。ちょっと体調を崩したり勤怠が乱れたりしたことの罪悪感もあり、ややおっかなびっくり面談に臨む。私はこの方に拾われた恩義があるのだけど、どういうワケか私のことを非常に買ってくれており、がっかりさせてしまうことがとても怖いよ!

 かくして、その面談のことについては上手く説明出来ない。まるで炸裂のように励まされ、勇気付けられ、酷くうろたえる。私が思い悩んでいたことは、私の心身が不健全だからではなく、誰にでも降りかかることであることを教えられ、その時どうやって生き延びたかを教わる。ああ――なんてことだ。この人、全部知ってたんだ。

 そして話はGoemonという映画の話に雪崩れ込み、部長がNobunagaがいかにCoolかを熱弁する(「来たよ! Nobunaga、現場に来たよ!」等)のをほこほこした気分で聞いていたら、起承転結余すところなくネタバレの嵐であり、私はまっさらな状態でその映画に臨む機会を一生失うことになる。

本当に、修練が足りませんな。
本当に、修練が足りませんな。





2010⁄12⁄16 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(4) trackback(0)







 Koenji Raining


 熱い熱いお風呂にて。

 実家に帰るたび、私が一番風呂をいただくと「お前のあとは熱過ぎる」と父からも母からも弟からも苦言を呈されていたことなど。それはそれで反省するとして、代休が取れたため、久しぶりにカッと熱いお風呂に入る。凄く長い時間をかけて。

 普段使わない神経をブラッシュ・アップしているかのよう。全身をくまなく洗って泡を洗い流していて、私は私の顔を取り戻したような気分になる。薄い膜が剥がれて、目は目に、鼻は鼻に、収まるべきところに収まる感覚と言うか。私は時々こうやって自分に顔があることを思い出すよ。

 「なんだか顔付きが優しくなった」と、知り合いが。

 古い角質とか、太ったとか、そういう話をしているのでは、ない(私は祈る)。代休をほとんど寝て過ごすという堕落の限りをつくしながら、ぼんやり思う。おそらく今年の年末は実家に帰れないだろう。焦り/コンプレックス/無力感/徒労。やれやれ。

 畏友が紹介していたA PERFECT CIRCLEの"3 Libras"を参照する。たゆたうようなアルペジオとヴァイオリンがすてきで、ほんのりとアイルランドの匂いがする。白眉は曲の後半のリフレインだろう。そこでは"You Don't See Me"と繰り返される。

 なんて言うかね。音楽はどのような苦しみも美しくすることが出来るという事実に、本当に今さらながら再会して、驚嘆している次第だ。こんだけ音楽と一緒にいて、最初からそれは眼前にあったはずで、むしろ今の今までその事が前景化しなかったことに問題があるような気もするけれど、この発見は私をとても軽くした。オチなどない。

まぁ、時間なんていずれ出来るだろうさ。
まぁ、時間なんていずれ出来るだろうさ。





2010⁄12⁄14 21:00 カテゴリー:探検! 誰かの町 comment(0) trackback(0)







 That's my soul up there


 全ては変わり往くのだし。

 Heavy Metal以外の音楽に食指が動くことが多くなってきたり、心待ちにしていた作家の新刊よりも重要な問題を発見したりして、あんまりパリッとしないな、最近――そう思っていて、最早私の余生に<善きもの>など何も無いと自暴自棄 In The Bed。

 まったく、体調が優れないと心もどこかアレになるよね。結局、それって単に私のここ数年のスキーマが耐用年数をそろそろ越えますよってことだよな、と突然のブレイク・スルー。そう言えば、そんなの今まで何回もあったね。かくて私の知らない何かを猛然と欲する In The Bed。

 人間、暇を持て余すとろくなことしないな!

 そんなわけで幽鬼の足取りで本屋さんなど行く(お前は結局そこなのか)。最近行き詰っているシステム開発についての特効薬として、『達人プログラマー』って本を買ってきた。名著と呼ばれるんだけど、何だか読んでなかった。前から著者2人のファンだったのに、何だか御縁がなくて。

 ……と書いていて、それでもピンチの時に縋るリファレンスをいつの間にか備えている、その幸運に驚く。内田樹が「電子書籍は紙媒体の書籍の代替物にはなり得ない。電子書籍は書架を作れない。書架は積読も含め、好ましい私の鏡像だ」みたいなこと言っていたけど、それは間違いじゃない気がする。いつか読めるようになりたい本ってのが、私にはいっぱいあるよ。

 ともあれ。これ、原題は"Pragmatic Programmer(実践的なプログラマー)"という。そこに「達人」とあてるのがややすてき。改補版もすでに出版されていて、その原題は"Pragmatic Programmers(実践的なプログラマーたち)"だ。克己心と倫理に忠実である技術者である著者2人の勝利宣言のようで尊い。「俺たち、仲間をこんなに集めたもんね」と。

 理系な人たちのエッセイって、自意識の汚泥を一瞬綺麗にしてくれるね。

 そしてついに禁断の果実に手を出した。今度はゲームだ。Fuckokaの友人に借りっぱなしだったDSがまだ手元にあることをいいことに、モンスター・ハンターに沸く昨今、歩き回る屍の如くに悪魔城ドラキュラを求めて彷徨う。私はベルモント家に、かのヴァンパイア・キラーの血族に何故生まれなかったのか。幼い頃の慙愧の念は、私を聖なる場所へ誘う。モンスターとか、どうでもいい。私は聖なる血族に名を連ねるのだ。

 10年近い年月を経ての邂逅。そして。

「ベルモント家は19世紀に突然姿を消し……」で始まる物語。
「ベルモント家は19世紀に突然姿を消し……」で始まる物語。





2010⁄12⁄10 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(0) trackback(0)







 Koenji Raining


 病魔だ、病魔だ、病魔だ、友よ!

 私が健康診断を受けた「心と体の元気プラザ」やや砕けた英語で言うとAlive and Kickin' Body and Soul Plazaから診断結果が来たんだけど、英訳すると同時にそのカリフォルニア的なカラッと明るい空気を憎悪して止まなくなる、その陰翳に満ちた実存。闇は光の不在と等価ではないと、識れ。

 ハイデガーは「不安とは対象のない恐怖である」と説き、そこから<死の隠蔽>という概念へ飛翔した。えぇとね、ぼんより体調が悪い日々が続いていて、検査してみたら実際悪かったってのは、不安から恐怖にランクアップするものだと思うの。そんな異教の邪悪な儀式――SAIKENSA――。

 人間が感染しようもないウィルスに侵されているとか、実は見目麗しい女の子だったとか、挙句の果てにアリスは私だったとか、そういうことがあったようで、SAIKENSAの運びとなり申した。それは「まぁ、調子悪かったしね」で捨て置く。おい、この体脂肪率は何かの間違いではないのか。

 嘘だと、適当に鉛筆転がして決めたと、そう言ってくれないか。

 学生時代、暇と貧乏を持て余して10%切るまで西日眩しい夏の部屋でサウナごっこをしていた頃から10%増とか、それはもう飛躍的よ、飛躍的。私を構成する質量の1/5が脂肪ってどういうことだ。いくら食糧難に備えて備蓄したところで、私が生き残ったところで人類の文明再建とかしないぞ。

 ……なんて昨今、朝起きて顔を洗おうと、洗おうと、立ち上がる間もなく生まれたての仔鹿のようにふるふる震える、それはとある朝。目頭熱くなるような高熱で数日寝込む。毎度この時期の体調不良は世界の終焉的で、寂寥たる死の大海を私の部屋がボトルメールのように漂っているかのよう。高円寺。

高熱に瀕して、ラーメンは無理だよぅ。
高熱に瀕して、ラーメンは無理だよぅ。





2010⁄12⁄08 21:00 カテゴリー:探検! 誰かの町 comment(0) trackback(0)







 That's my soul up there


 We are not alone......

 NASAの重大発表! それは地球外生命体の存在に関するものであると言う! べ、別に楽しみになんかしてないんだからねッ。ただこう、お祭ムードがちょっと嬉しくなっただけなんだからッ!

 思えば、今年って、1文字で表すと「憎」だった気がする。隣人に対する憎悪や不審、国家に対する侮蔑が布団の中の冷たい場所のようにわだかまっていたような。来年いきなりハッピーになる見込みなどないため、私たちはややガードを上げなさいね。でも科学関係の話は面白かったね。

 私はゴリゴリの文系で、SFは理系が読むもの/文系のそれに相当するものはミステリ、とか何となく思って過ごしてきて、本当に大きなニュースしか知らないんだけど。はやぶさが帰ってきたり、コンピュータが人間に将棋に勝ったり、なんだかほこほこエキサイティング。

 はやぶさはちゃんと帰ってきて、おつかいも出来て、とても偉かったね。「最期に地球を見せたい」と科学者が地球の写真を撮らせたり、ミッション終了後、「はやぶさのいない生活を受け入れられない」などとのたまっていたり、お前らしっかりしろ、それは機械だ。

 将棋に関して。異なるアルゴリズム(何を"良い手"とするかそれぞれ違う)を4機搭載した大演算装置(将棋の歴史DB付き)と人間がガチの殴り合いを行えたというだけで、私はもうびっくりしてしまう。人間すげぇ。一方、当の将棋マシンのあたり2010は複数のアルゴリズムで違う結果が出た場合は何回か話し合って意志決定を行うんだって。

 大人になるってのは、自分以外の誰かを心の宮殿に招き入れること。将棋が強いとか賢いとか、その重要なファクターとして「みんなでかんがえる」という設計が採用されたあたりが、何だかほこほこしてる。Kawaii。機械も人間も頑張れ。

 そして。地球を自らの似姿が住まう地であるがために骨肉を食む争いに発展する、家庭であるとするならば、どこかに誰か、そのような利害から遠く離れた場所に涼しく立つ誰かを欲する者を人間としよう。地球外生命体待望論。その絶対的な<他者>がついに我々の眼の前に。我々はもう孤独ではなリンの代わりに砒素を使って生きる細菌って何だよ。

驚きどころがいまいちわかんないよ!
驚きどころがいまいちわかんないよ!





2010⁄12⁄06 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(0) trackback(0)







 That's my soul up there


DadSimer.jpg

パパは多重債務者 / 桂みなみ

 友人のお友達から本をいただきましてん。私、サイン本って人生2冊目だよ。1冊目は有栖川有栖先生の『双頭の悪魔』。親が多重債務者ってドキュメンタリーなのだけど、実際的な手立てがサラッとしたタッチで描かれており、読後感も爽やか。

 でも、作者のお父上の言動が、ここ最近私が考えていたことと近い感じがしたので、私はそっちの話をしようと思う。

 あのさ。人間は物語に呪われているってのはよく聞く話でさ。シモーヌさんも仰っている通り、人間は点が2つあれば線を見てしまうのだし、3つあれば顔を見てしまうのだし。何かがあって、また別の何かがあれば、私たちはそこに関連性を探してしまう。

 そのようにして未来へ未来へ事象をつなげていって、そこから遡って現在の自分の行いを見るのだと思う。それが物語。私たちはきっと、それ無しでは生きていけない。その物語がどのような性質のものであったとしても。

 例えば。賭けの負けがこんでくると、こういう思考が頭をもたげる。「これだけ悪いことが続いたから、次はいいことがあってもいいはずだ」とか「いいことが続いているから、今波に乗っている」とか。そんなこんなで私はRPGにカジノがあると、だいたいそのゲームは頓挫する(お陰で現実の賭け事とは無縁なのでよかったです)。

 差し出す何かがないという思いに取り憑かれている、自尊感情が損なわれた状態でも、貨幣があれば何にせよ交換の場には居れるってのが、借金の恐ろしいところじゃないかな。そして交換の場に居れば、語る者と聴く者が居れば、物語は生命を得る。

 作中、筆者である娘に金策する場面は何だかドストエフスキー的だけど、そこには必ず物語があるのって、何だか象徴的。「○○円貸してくれ。必ず返すから、今は何も聞いてくれるな」という風にはならない。

 人にとって、交換の場から締め出されることってことはとても恐ろしいことだと思う(自尊感情が損なわれた状態にいる人は一般人よりその恐怖に敏感かも)。だってそこには物語がないから。およそ無意味に事実のみが偶発する荒野を、村上春樹は"システム"と呼ぶよ。

 じゃあその物語の呪縛ってやつをどうすれば無毒化出来るのさ。正直、解らない。私は私のフレームワークを踏み砕くような、より強い物語によって何度も何度も致命的な場所から救い出されてきたと思うけれど、それってただの偶然で、それこそ偶発性様の思し召しかも知れないなぁ……ぐぬぬ。あ。

肩の力を抜くことと、ゆっくり沢山歩くこと?
肩の力を抜くことと、ゆっくり沢山歩くこと?





2010⁄12⁄03 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(0) trackback(0)







 That's my soul up there


 友人の呟き:クリスマスの夜景は、残業で出来ている。

 い、いやだ! 恋人たちのロマンティックな夜を彩るイルミネーション役はごめんだ! モテないズでキャッキャ遊んだ後、独り眠るのもいい。ぶっちゃけ残業も、このプロジェクトでは避けられない気がする。だけど、敵に塩を送るのはご免だ!

 サンタさんへ。クリスマスはとしきのうがまひするほどのごうせつをください。

 プロジェクトは炎が炎を生み。他チームのリーダーがエンドユーザーに呼び出される。彼は抗弁する。「終電が……」エンドユーザーは一蹴する。「終電? 何だそれは?」SEとしては怒るべき場所だったのかも知れないけれど。そのホットロッド級の理不尽に烏龍茶を吹く。

 ……などなど、憂鬱が積もり積もって、美容室にて髪の毛をクルクルにしてもらいながら生の惨苦を訴えながらもんどり打つ。「ゆさん、美容室の外で何回か会ってますけど、いっつもティッシュとかトイレットペーパー買って帰ってません?」そんな大量に消費しても、そんな頻繁に買ってもいません。いやらしい!

 最近の忙殺っぷりと来たら、昼食はランチパック片手に仕事、夕食はランチパックと納豆巻き片手に仕事で、チェンソーのように問題解決を行いつつ、「やっぱり仕事って誰かの盾になることだな」と一人納得する。そのようなルーキーに対して、「わたしが護る」と歌った人を、世界と等しい重みを持つ一行の詩のように眩しみてゐつ。

 吾はスタミナを所望する者也。休日に高円寺の駅の近く、無愛想と言うか、店内をこう、睥睨している感のある四川風中華料理屋さんで、日本人が憎くてしょうがないといった風情に鷹の爪が詰め込まれた牛肉の煮物をいただく。とても美味しく。ドレッドヘアの4人の兄ちゃんの闊達な東北訛りを聞きながら。

政治的信条とかないけど、美味しい料理作る人に悪い人はいないんじゃない?
政治的信条とかないけど、美味しい料理作る人に悪い人はいないんじゃない?





2010⁄12⁄01 21:02 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(0) trackback(0)









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職にちょっと馴れてみれば
即「還俗した」などと抜かしてみる。


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