Happiness is overcoming your fears
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 That's my soul up there


 住む場所は、なんとなく高円寺が好きかも知れんってことで、今度は住処をフィックスするステージに入りましてよ。連日の終電までの残業を華麗にやり過ごし、週末は電車でガタゴト呑気な旅という日常を続けている。ここ最近で、今まで生きてきた分の電車乗車回数を遥かに上回る感じに電車に乗っている。

 もう電車と結婚すればいいじゃん。

「妥協できる点、出来ない点をまず決めるべき」
「家賃に関しては出せるギリギリの額からちょい引いて相談するべき」

 先達にありがたい教えを賜り、賜ったわりに何のヴィジョンもなく部屋を飛び出す。せっかくの土曜日にネットで部屋探しを続けていて、甚大な危機感に苛まれたため。真実は自分の足の下にあるんだよ! なんとなく入りやすそうな不動産屋さんに入ってみると、早速イケメンに貼り付かれ鼻白む。

イ「ご予算は、いかほどをお考えですか?」
ゆ「これくらい!(常識外れな額を提示する)」

 かくて、悲喜こもごもの水面下の形而上学的な闘いが繰り広げられることになったが、私の争点が「お前のような、受け入れて貰って当然みたいな空気を出すヤツが気に入らない」というアメリカ大統領職ぐらいにしょうもないものだったため、実質的な遣り取りとしましてはただただ私が「はい」と言わされるぐらいなもんで。

 いや、それにしてもこちらが出した「可能な限り安くて」「それなりに防音があって」「なるべく駅に近くて」「上記の条件内で一番広いところ」というフザけた条件を全て満たす、ちょっと臆するぐらい広い部屋を用意したあのイケメンは有能かも知れん。こんなところでも敗北を喫するとは。

 若干間取りが不気味な点を除けば、あそこはきっと、とてもいい部屋です。

 手続きが終わる頃にはとっぷり日も暮れ、お酒でも呑もうかいって時間。入居審査の結果が判るのが週明けとのこと。審査、通るといいなぁ。せっかくだから一杯嗜んじゃおうかな、と繁華街をウロウロしてて気付く。おい、こんな夜遅くに妙に沢山の古本屋さんが商い中とはどういうことだ。

 ついでにここに来て3人の男女に会釈されたのはどういうわけだ。

 最早、刹那の享楽のために開けているとしか思えない(深夜に古本を買い求めるニーズなんてあるものか)。もしそうでないならば、人知れず忍び寄り、人間の魂を深く傷つける邪悪な何かと、霊的な闘争を繰り広げてるとしか思えない。魔王のいない世界の勇者様ご一行/とってもセンチネル。古本に限らず、本屋さんの地鎮効果って、なんだかバカにならないよね。


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2010⁄04⁄23 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(2) trackback(0)







 That's my soul up there


 住処を探すためにあちこちうろうろしていて思ったこと:なんか整形手術の後、長年の重荷から開放されてハッピーな人生を送る人と、止まらなくなってグズグズの血腥い手術人生を送る人とがいるらしいね。いや、詳しくないんですけれども。

 ふと、私が組織とか、人の集合に不信感を持つのと、上述の問題は同根な気がした。

 えーと、ある人がどんな欲望を抱えているかって、わりとその人の在り様を根源的に決めるじゃない? そうであるなら、適度に分散しているほうが好ましいんじゃないかと思っていて、そうであるならそれを束ねる組織なりシステムなりって、随分気味が悪いものだよなーって思うのです。

 挙句の果てにそういうのって、何だか途中から自走し始めたりするし。もっとそこら辺に意識的になったほうがいいんじゃないか。どのようなおぞましい欲望に突き動かされていようが、君の勝手だ。周囲に迷惑をかけない範囲で<生の一回性>ってヤツを存分に楽しむがいい

 誰の文章だったか忘れたけれど、列車に乗っていて気付くのはその広告の異常性。金貸しの広告の近くに債務整理の広告があり、さらには素晴らしくアレなマンションの広告とかあったりする。なんか「現代人の当然の嗜みであるところの当該の欲望」であり、むしろその流れに乗らないこと自体負け、はい、予選落ち、みたいな空気が息苦しい。

 そりゃあ自殺率も跳ね上がるよ。

 いや、暮らしに余裕があったり、お給料を多めにいただけるのは大変嬉しいですけれども。もうちょいみんなてんで好き勝手な方向を向いていたほうが健全なんじゃないか。整形手術に関して、全ての被っている不幸は全て容姿に起因する、という思いなしがあるかないかの違いにより、その後の生き方が変わってくるのではなかろうかと思ったのです。

 整形手術に関して触れたことと言えば『ヘルター・スケルター』ぐらいしかないけど。

 ともあれ。それぞれが棲み分けた方が、種の生存的な意味で競争が緩やかになり、その分<負け組>扱いされる人も減るわけで、色々と幸せになる可能性が上がるのではないかと思うのです。我々、もうちょい歩くペースを落とすべき。そして良識ある一般人が聞いたら眉を顰めるレベルの欲望に身を焦がしながら、日常をだらだら歩くべき。

 熾天使が己を灼く神の愛に身を投げ込むように、炎に踊り入る蛾のように。





2010⁄04⁄21 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(0) trackback(0)







 That's my soul up there


 中央線沿線ぶらり途中下車の旅(人生についても同様に)の結果をご報告致します。

 今回私が重視していたのは、a.あんまりガチャガチャしていない。b.犯罪発生率が物凄く高いということはない。c.ちょっと足を伸ばせば大きな本屋さんがある。d.仕事場にアクセスするのに馬鹿げた手間がかからない。e.帰り道にコーヒーが飲める……などなど。ついでにシャワーの水圧は高ければ高いほど良いとす。

 取り合えず、駅のホームからパチンコ屋さんとサラ金の看板が見えるところはさて置く。なんかもう毎日ヘトヘトになって帰ってきたところで上記の両者がお出迎え、とか、想像するだに辛い。<生の一回性>とか<唯一性>とか、もう、排水口に詰まった髪みたいに感じることになりそうだ。

 現場のリーダー(次の会社での先輩)が「吉祥寺ほど素晴らしい街はない」と力説しておいでだったので、降りてみた。おおー、なんか活気があるなぁ。家賃10万越えとか、かなり普通に貼り出してあるなぁ。街の規模的に、FUCKOKAの天神みたいで、映画館とかあって楽しそう。

 ただ、住むところとしては、もうちょい活気がなくてもいいような。土曜日に何処かに遊びに行って、日曜日のんびり出来るところがいいなってちょっと思った(同様の理由で中野もパス)。あと、私は私の部屋がとても好きなので、ホームグラウンドがいくらステキだろうとあんまり意味ない気がしてきた。核戦争が起ってても、次の日通勤に支障がなければ別にいい。

 荻窪だか、何とかって街は、駅のホームからいきなり古書店が見えるところであり、それはもうたいそう興奮したのだが、ちょっと暗かった(物理的に、光が不在だった)ので心細くなり、今回はパス。そして高円寺へ。何だかボロクズみたいなオイチャンがバンドTシャツを売っている6畳ぐらいの店がいきなりアーケードにあったので、大変いいと思った。

 あと、ピンクのモヒカンのパンクスとゴス娘が手をつないで歩いてたりしてた。

 何かここ好きかも、と用もないのに薬局に入ってみたりビールを飲んでみたり古本屋に入ってみたり。よく解らない欲望が詰まった小さい店が多いわりに、なんだか整然と調和しているあたりが、ちょっと熊本の上通りっぽい。あー、だから安心するのか(ほとんどそこで育ってないくせに)。

 上記のような経緯で、何となく高円寺に住みたいなーって思いました。

 ちなみに、私に東京の地理を説明するに当たり、「○○線から何とか」とか、そういう言葉選びは慎むべきで、虚空に両の手を掲げて丸を造り(山手線)、それを基準に「ここ」と指し示すのです、と現場のリーダーに力説したところ、もう次の瞬間からそのオペレーションが徹底された点は、本当に感心致しました。





2010⁄04⁄19 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(6) trackback(0)







 That's my soul up there


 仕事も所属もあるのに(ありがてぇこってす)、微妙に住所不定気味である、そのストレスが弱い酸のように私の心を蝕む昨今、世界は春に覆われた。いい加減、覚悟を決めてこの狂った街Tokioに住居を構えようと思って、色々な人に私は何処に住むべきかを聞いてみたよ。

 ねぇ、私は、一体何処に住めばいいんだろうね……?

 江古田、中央線沿線の何処か、そして笹何とかって場所あたりをオススメされた。笹何とかは弟Aが「いや、そこもいいんだけど、笹何とかが……」だの「笹何とかは地理的にもよくて……」だの大変ご執心なので、敢えてそこは避けたいところ。あいつ、絶対に泊まりに来る気だ。

 そもそも「私は何処に住むべきですか?」という問いに対して、それなりにキチンとした解答が返ってきていることに戦慄を禁じえない(聞いといて何て言い草だ)。「そんなの、お前の好きなところに住めばよかろ」としか言い様がないじゃないか。根源的過ぎる問いは、なんだか落ち着かない気分にさせる。「どうやって歩くの?」とかね。

 ともあれ。色々なご解答ありがとうございます。

「交通の便だねぇ」
「なんとなくゆさんには中央線沿線に住んで欲しい」
「何処が妥協出来て何処が妥協できないか、じゃない?」
「俺、中央線沿線が好きなんで、それぞれの駅のメリット/デメリットを表にしたい」
「三鷹はちょっと遠いけど、中央線の特急の始発駅だから、座れます」
「まずは駅を降りてみたら? 西口、東口、北口、南口、全部の改札から外に出て歩いてみて、好きだったら、きっと好きな街だよ」

 ……現場のリーダーの中央線に対する執着は物凄く、もう「あ、もう面倒になったんで、今住んでるところの近くに安くで見つけました」とか、全然通用しない感じに話が進んでしまって……。あと、「実際に歩け」と渋いアドバイスをくれたのは先輩A。氏も会社が倒産する前、なんだかプロジェクトに滑り込んだので、次の会社で同期でっせ。

 そんなワケでぶらり中央線沿線途中下車の旅というミッションが架されましたの。





2010⁄04⁄17 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(2) trackback(0)







 That's my soul up there


 なんかここのところずっと風邪をひいているような気がする。もう風邪をひいているとかじゃなくて、私の新しい健康の在り方は咳と鼻水が沢山出る、というふうに認識したほうがまだしも精神衛生上よろしいのではなかろか。

 そんな中、お花見のお誘いがあったから、雪解けの大地に芽吹く小さな花のように本気の春の装いをして元気に部屋を飛び出したまさにその瞬間に早くも後悔する。オイ、全くもって寒いじゃないかよ。春の進捗の遅れは一体どうなっているんだ。

To be Draped by the Shadow of your Morbid Palace
oh, Hate Living...The only heat is warm blood

So Pure... So Cold
Transilvanian Hunger


 場所は誰の家からも遠い聖蹟桜ヶ丘という場所。何故だ。<聖蹟>という字面はちょっとだけSTIGMATA的な、こう、キリストの受難的な響きがするので、先生、ちょっとだけニコニコしちゃいます。後に聞いてみれば『耳をすませば(ああ、窓に、窓に!)』というジブリ映画のロケ地だそうな。

 知らず知らずのうちに加担させられていた、アニメ聖地巡り。

 その後、ベロベロに酔っ払った大きなお友達の下関係の報告を逐一受けながら、病巣の深いMETALっ子たちみんなでキャッキャ言ってとても楽しかったし、冷気に耐えかねた私が「河岸を変えよう。屋根のあるところに行こう」と大変煩かったです。





2010⁄04⁄15 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(3) trackback(0)







 That's my soul up there


 忙しゅうございます。ただでさえプロジェクトが火を吹く予感をひしひしと感じる昨今(ええい、またか)、体調がアレであり、保険証を返した手前、なんだか病院に行き辛いのであり、さらにはそもそも病院がどこにあるかも解らない。なんか眼科とかはよく見る気がする。

 そんな中、プロジェクトでヘトヘトになって帰ったところで、右から左にさばくべき書類の山がお待ちかねとあっては、もう何もかも投げ捨てて男娼にでもなってしまいたい。そして最終的に何の価値があるのか理解しかねるような古本の山に囲まれ、古物商だか人間の残骸だか微妙なラインで終日ボーッとしていたい。

 でもきっと、私は古本の山を上手いことおかたづけ出来ない。ほとんどそういう主旨の地獄、あるいはアトラクションのように、どう足掻いても混沌の海に還ろうとする本の山の前で途方に暮れている気が、凄くする。そして諦念と慙愧の入り混じった「ああ、今日も片付かなかった」という気持ちとともに眠りに落ちるのだ。

 それを繰り返す。

 それは小さな無限であるように思われる。円城塔の『Self-Reference Engine』を読んでいて思ったのだけど、人間が無限を知覚するには、再帰するしかない。鏡の中の鏡の中の鏡の中の……みたいな。氏の行きつ戻りつする文体は、まさに再帰的で、そのような時間の中、空間の中で、男の子と女の子が出逢う。リリカル! リリカルですわ!

 そう。我々はたかだか10数枚の書類に<無限性>を観念する。

 無限をその果てに人間が知覚出来ないことと、知覚できないから無限であるということには、たいそうな隔たりがあるように思われますぜ。98まで数えた時点で面倒になったから100は無限という謂いが通ると思ってか。書類を書くのです。書類を……書く、のです……。





2010⁄04⁄13 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(0) trackback(0)







 That's my soul up there


 3月31日は慰労会。元いた会社のスタッフは色々疲れ果てておったよ。そこに来て偉い方の「うちは潰れたんじゃない。潰されたんだ。私はまだ潰れていないので、また会社を立ち上げたら声をかける」という耳を疑うような発言に、正直嘲笑を禁じえない。

 この期に及んで論旨としては「俺は悪くない」とか。誰が二度と組むものかよ。大先輩も「犯人には同じ目に合わせんとねぇ」と冷たい殺気を放っている。何より、保険証を会社に返したその日に私は大風邪をひいて、震えている。目は腫れぼったく、視界は滲み、膝も笑っている。

リ 「どこか調子悪いんですか?」
ゆ 「風邪だよ!」

 見たまんま調子が悪いところに、呑気な質問をされ、客先で素の反応。

 そしてお昼休みは新しい生活を夢見て土地勘がまったくないところの家賃平均を較べては目をキラキラさせているけれど、本当は非現実的なぐらい体調がキツい。ケネディ暗殺もジョン・レノン殺害も、最近ではマイケル・ジャクソンの死亡についても、同一の黒幕がいる。

 えぇと、嘘だよ?






2010⁄04⁄01 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(2) trackback(0)









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職にちょっと馴れてみれば
即「還俗した」などと抜かしてみる。


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