Happiness is overcoming your fears
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 That's my soul up there


 火葬場がSF的だった。シェルターがあり、故人を搬入するロボ的なものあり。火は全て等しくするよなぁ、とぼんやり考える。1時間で祖母は灰になるのか。1時間。重いような間延びしたような、なんとも片付かない時間が粛々と過ぎる。ばあさま達の会話とかに聞き耳を立てながら、また寝る。

「あの方は本当に女性に厳しくてねぇ」
「いや、○○おじさまの厳しさと較べたら」
「美人も不美人も、骨になれば一緒だって仰ってて、わたし、びっくりしてしまって……」

 なんか……大正浪漫とか、そういうの? 人の重ねた年月と歴史は重なるんだって、当然と言えば当然のことが意識に上ることってあんまりないな、そう言えば。これが<大きな物語の喪失>ってヤツかしらん。突然私にも話を振られる。「貴方のお父様、おじさまの手術をなさったのよ。事故で動脈を切ってね。『私でお前は学びなさい』って、それはもう壮絶な手術で」

 大正どころか、今そこにあるギリシア神話

 式も無事終わり、ピンボールみたいに福岡へ帰るのです。「お兄ちゃん、座れば寝てる」とか言われながらも、遺族のサポートを含め、まぁ、なんとか上手くやれたんじゃないかな? 帰りのバスでまた前後不覚になっていたら、私の人生に横槍入れる系の人(一緒に起業しようって言う人)からメール。

横槍「ゆ君、学部どこだった?」
ゆ 「法学部→文学部言語学科→文学部哲学科→教育学部研究生です」
横槍「法学部!」
ゆ 「肝心の法律を一番勉強してないんだなぁ、これが。KAKUMEIしてたよ!」
横槍「でも条文とか読めるでしょ。英語好き?」
ゆ 「読む分には、不自由はなかったけれど……」
横槍「(^^)」

 無茶振りの匂いがするよ、無茶振りの匂いがするよ。



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2010⁄01⁄31 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(4) trackback(0)







 That's my soul up there


 何故か眠れず、週の半ばに突然徹夜が発生したある日。朦朧とする頭で仕事につき、前に後ろに揺れながら書類を作成していたところ、実家から連絡。父方のばあさまが亡くなったとのこと。ヨレヨレの身体を引き摺って一路故郷へ。なんとか高速バスに乗り込み……その後意識がない。

 散々バタバタしてようやく葬儀場へ。

 こんなことでもないと親類が集らないってのも、なんだよなぁ。従兄弟のお兄ちゃんが40歳間際とか。話上手で、座敷童をおどろおどろしい口調で語り、私を泣かせたことがある。そこの次男さんはお子さんが3人おり、みんな世界から愛されるというミッションを粛々と遂行している模様。ああ。

 私の家系には珍しく、90歳で天寿をまっとう、大往生。式にあるのは清々しさと寂しさ。

 父方のばあさまの家は浄土真宗なんだけど、かのPaganではお経って歌うものなのね。グレゴリオ聖歌のよう。高い天井に跳ね返って増幅される豊かな倍音。これはもうこういうものなのだと悟り、音のうねりに身を委ねているうちに深い深い眠りにつく。

 読経が終わり、訓話が始まる。おぼろげに「死の隠蔽を恐れるな」的な話を聞いた気がして、「なんでここでハイデガーの話を聞かされてるんだろう……」とぼんやり思っていたのだけど、次の台詞でパッチリ目を覚ます。「故人の声が聞こえます。明日は、わが身だ、と」

 ……え、ええー。うちのばあちゃんはそんな「お前も蝋人形にしてやろうか!」みたいなこと言わないよ!

 何があったわけでもないのにクタクタになって家族で帰宅。取り合えずお風呂に入って、話はそれからだ、という合意を得る。湯船で狂ったようにチャプチャプしたいため、家族に先に入るようにお願いして、コタツで横になっていたら、気付けば朝。





2010⁄01⁄29 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(4) trackback(0)







 That's my soul up there


 だいたいね、先週試験に合格したのに今度はデータベース関係の試験をノーバウンドでってバカじゃないの。毎日毎日システム関係のことばかり考えていて、私のストレスは天を焦がさんばかりだ。勿論土日は通常日よりもさらにシステムのこと考えている。スタジオ入らせろ!

 Oracle Master Bronzeっていうデータベースの資格がございましてね。そいつが2つも試験ある上に持っててもあんまりチヤホヤされないばかりか落ちる危険性まであり、さらにそいつを片付けないと上位資格を取れないという大変ゴキゲンな料金体系。現在エアポケット的に時間があるため、今のうちに片付けておきたい。

 そんなわけで、楽しい週末は毎日5時間とか近所のスタバでお勉強ですよ。コーヒーを一杯買ったらもう一杯同じものを100円で買えるという悪魔の札のお陰で、リッター単位でコーヒーをぶち込みながら試験問題をゴリゴリ解く。胃も順調に荒れて行く。そうだ、試験当日に万全の体調であるという保障はどこにもない。これでいい。

 で。問題集でコンスタントに合格点を取れるようになってきたので、教科書に戻り、最後の詰めを行おうとしていたら、難易度のあまりの違いに座尿。それぞれ問題が一回りぐらい難しい気がする上に、そもそも出題範囲が広くないか。なんか見たことない問題が沢山出てるぞ。どうしよう。取れる問題を落とさなければ、受かるハズだが……。

 その教科書がOracle Master Bronzeの別のヴァージョン対応だと気付くのに――そう時間はかからなかった。

 そりゃおめえさん、試験が違えば問題も出題範囲も違いまさぁなFUCK。砕け散れ、資格試験とか世界とか全部砕け散れ。地獄が溢れて死者が歩け。だいたい違う試験の勉強してて、なんで問題集で合格ラインに到達してるんだよ。興が殺がれた。納豆でも買って帰ろう(Natto ist Kreig!!)。

 最近ちょっと生活が雑(何もかも資格試験が悪い)で、間食とかを己に許しちゃってて、色々と不都合があるので、せめて間食するにしたって栄養のあるものにしなくちゃね。身体が欲しているのか、納豆のことを考えただけで熱い吐息が漏れる。この焦がれるような気持ち。John Lennonも言っていた。All We need is Nattoと。Natto makes me wholeと。手持ちが心許なかったので、ATMでお金を下ろさんとす。

 ……残高不足? え? ……受験料……?





2010⁄01⁄27 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(0) trackback(0)







 That's my soul up there


 昨年までやっていたプロジェクトと並行的な業務知識が必要なプロジェクトがあるそうな。そのプロジェクトってのが、物凄いスキルと経験を必要とされているらしく、さらにそんな連中集めてるってのに難航しているらしく、びっりすることに私にご指名があったとのこと。

部代「……どうする?」
ゆ 「いや、どうするも、何も……」
部代「とりあえず、筆記試験でも受けてみる?」
ゆ 「……筆記!?」
部代「そんなことしてるから、人が集らないなんだって」
ゆ 「受かるわけないじゃないですか。だいたいなんで俺なんですか」
部代「いや、何かご指名なのよ。みんなの仲介役になって欲しいみたい」

 やぁ、やれやれ。今年も順調に不当に評価が高いぜ。

 で。筆記試験及びスキル調査表ってのを受け取って開封してみて、大いに哄笑する。「プロジェクトマネージャーの経験」の下限が「100人月未満」で、上は「3000人月以上」って、そんな猛者猛者し過ぎるだろう。国でも引っ繰り返すつもりか。だいたいプロジェクトマネージャー(PMP)前提のスキル調査表って時点で不思議の国だ。

 かくして筆記試験。冒頭に「嘘吐いてもプロジェクトに入ってお互いキツいだけだから、正直に行こうぜ」的なことが書いてある。わ、わぁお……。端にも棒にもかからない……というほどではなく、知識としては知ってるけど(興味のある分野なので)、「○○を用いてプロジェクトを運営した際、どんなメリット/デメリットがありましたか」なんて問いを立てられたら、一切答えられぬ!

 でも知識を問う問題(オブジェクト指向やデザインパターンについて)に関しては情熱的に、そして若干冷笑的なトーンでゴリゴリ解答する。だんだん問題の高望みっぷりにテンションが上がってきて、そんな問いを突きつけられてる私もキンキンにエッジな技術者面をし始めるという不可解な事態に。

 曰く「最善ではないが、最先端ではある」だの「データに対するアプローチの一つで、オブジェクト指向言語でなくてもオブジェクト指向的に書くことはできる。その意味で、とりたてて特別視する必要はないが、現実を描写するにあたり、優れている」とか、そういう、「ま、使えば使えるツールだよね」ぐらいのトーン。初学者のくせに。業務で使ってないくせに(本当はこっそり使って悦に入ったりしてるが)。

ゆ 「……書きました。でも『当プロジェクトにあなたが相応しい理由をPRして』って問い、これ『みんなつらそうだったのでがんばりました』とか、そういうの求められてないですよね」
部代「うん」
ゆ 「『PMPBOKに則り、業務改善を行った結果、20%もの生産性増大を達成した』とか、そんなんですよね」
部代「まぁねぇ。でも単価が見合わないから、このお誘いは断ろうかって話になってるのよ」
ゆ 「単価!?」

 100人月規模のプロマネが最低レベルのプロジェクトで単価が見合わない、だって!? と、言うかそんな化け物みたいなのばっか集めて難航するプロジェクトって一体何なのさ。どんな世界の謎に挑戦してるの? それともみんなのパソコンのモニターにカーテンでもかかってるの? 何かの間違いでそんなプロジェクトに放り込まれるどころか、面接まで通ってしまった時点で非常にマズい事態だったのだが……。

 そんな世界があんがい身近にあったのに、覗く機会を逸したのが、正直悔しい。





2010⁄01⁄25 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(2) trackback(0)







 引用033 『龍盤七朝 ケルベロス』


 ひとりの人間の身にはあまりにも大きすぎるものを背負い、あるいは失い、自分の人生の帳尻を合わせることができなくなった者が、過去と未来を一度に振り捨て、その瞬間のみに生きる人でないものになる。

 目の前の娘は、その最たるものだ。

 天下がどうのといった御託は、はたから見れば、まじめに取り合うのも馬鹿らしい大与太だ。だが、背負ってしまった本人にとっては、それは恐ろしい呪縛となる。

 天下と引き替えでなければ、おのれがおのれであることを許されない。それはつまり、生きている間、常におのれを否定され続けているということだ。

 それゆえこの娘は、あまりにも容易にすべてを捨てて、一匹の魔物となる。一片の刃となる。形のない、何者でもないものとなる。

  古橋秀之/『龍盤七朝 ケルベロス 壱』pp.97-98





2010⁄01⁄23 21:00 カテゴリー:引用、もしくは考えるべきこと comment(0) trackback(0)







 That's my soul up there


 宇多田ヒカルの"Beautiful World"にさらにかかずらってみる。私が聴いたのは何とかミックスというフォークロック/ソフトロック風のアレンジ。LOVEの『Forever Changes』あたりの憂いを含んだヘッドダウンでガレージィな曲調がお好みならきっと気に入ると思うよ!

 歌から伝わる(気がする)ものを列挙すると、慰め/苛立ち/諦め/軽い蔑み/同情/励まし/思慕……こんなところ。こうして並べてみると随分ややこしい曲だなオイ。何でタイトルが"Beautiful World"なんだ。みんないつもこんなの聴いてるの? 「悪魔だー! ギャー!」とか「チェンソーをお前のケツにぶち込んでやる!」とか、そんなんじゃダメなの? なんて強欲なんだ。呪われろ!

 今までの話に大した意味がなかったからと言って、これからの話に意味があると思ったら大間違いだぜ。「美しい」は「かっこいい」より難易度の高い概念であることについて。「かっこいい」は文脈から導きだせる。かけっこという文脈上では遅いよりも速い方が「かっこいい」。一方「美しい」は文脈に依存しない。それは事故や稲妻のように主体を打つ何かだ。

 小さい子って、犬も猫もいっしょくたに「ワンワン」って呼び間違える時があるでしょ? それは「この前見た何かは『ワンワン』と呼ぶらしく、そいつには足が四本あった。じゃあ今見てる足が四本ある何かも『ワンワン』に違いない」という風に類推するから、そういう間違いをするわけ(子供ってロジカルだなぁ)。

 そのように何か条件を与えられてそこから類推出来る(つまり文脈が決まれば、自ずと個々の役割も決まる/文脈依存)事象って、実のところ、子供にはわりと易しい。だからあんまり利発そうじゃないガキが「かっけー! マジかっけー!」って絶叫してたりするのはわりと理にかなっているワケ(子供ってばかだなぁ)。

 逆に「美しい! パネェ美しい!」と絶叫するお子さまは、ちょっと不思議な発達段階を踏んでおられるか、そもそも言葉をあんまり覚えてらっしゃらないのだと思う。その程度には「美しい」って概念って、人間にとって難しいものだと思うのよ。以下は去年実家に帰った時の母との会話。

母「ゆに中学校の話を聞いたとき、ゆは『制服の色はクリーム色だ』って答えたのよ。それで『ああ、この人はまだ綺麗とか、かわいいとか、解らないんだなぁ』って思ったのよ。解るようになったのはいつごろ?」

ゆ「25歳ぐらい? それまで『ちょっと歳とった美人』と『あんまり歳をとってない美人』ぐらいの分類しかしてなかったけど、女優さんの顔がそれぞれ違って、いわゆる『クール・ビューティ』であるとか、いわゆる『かわいい系』であるとか、そういう風に判れるってのが解ってきた……気がする。ホントはまだ解ってないかも」

 人より歩みが遅いことに定評のある私然としたエピソードなのは大変結構だが、「『美しい』ってむずかしいね!」という話に終止して、曲の謎に一歩たりと近付いてないのが気がかりだ。「ギリシア哲学とかで『真・善・美』って言うけど、美、いらなくね? 重要度低くね?」と常々思っていた(高踏派を気取るわりに散文的だな)けど、そうでもないらしい。

 「Kawaii」という補助線を引いてみたら、何か解るかも知れないと思いつきはしたものの、なんか巨大で伝統的な謎にぶち当たっちゃいそうな予感がして尻込みするとともに「何でこんな問題が21世紀まで残ってんだよ!」という不当な腹立ちまでキックスタートし、もう、曲中にもあるようにIt's only loveということでよろしいのではないか、と……。

 そして――

 目的を見失いつつある中、唐突にそれは起こった。「ハイデガー的な現存在は、世界を道具、つまり、与えられた文脈に適切に事物をマッピングしていく現存在は、『Kawaii』を把持し得ぬ! 『Kawaii』は<他者>なのだ!」という天啓が私を打つ。レポートと称してかような妄想を遠慮なく振り撒いていた大学時代――教諭を気の毒に思うと共に、だからと言って目的に近付いていないのは変わりないのだった。

 かわいそう! すごくかわいそう!





2010⁄01⁄21 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(3) trackback(0)







 That's my soul up there


 宇多田ヒカルに"Beautiful World"って曲があるらしいけど、それについては私なんかより君のほうが詳しいだろう。なにせ邦楽と私のインターフェイスはアニメのタイアップ曲であるという点以外ないのだから、ないのだから。この曲を聴いてて気になったのだけど、詩は以下のような感じ。

もしも願い一つだけ
叶うなら
きみのそばで眠らせて
どんな場所でもいいよ

Beautiful World
迷わず君だけを見つめている
Beautiful Boy
自分の美しさ
まだ知らないの


 男の子に「美しい」という形容詞はあんまりつかない。男の子って「戦車のようにかっこいい」とか「戦闘機のようにかっこいい」とか、将来的にはドリルもしくはレーザーになることを希望していますとか、かっこいい方面に気持ちが行きがちな動物なのだけど、この「かっこいい」ってのは文脈依存なのね。つまり戦車にせよ戦闘機にせよ、ある文脈上で機能的に優れている、というのが「かっこいい」の定義。

 ウィザード級のハッカーは凄い技術で何だか世界の先端を切り開いちゃうって文脈上でかっこいいとされるし、Lemmy Kilmisterの「俺、女の子大好きだから結婚しないんだよ。だって色んな女の子と俺ばっか関係するのはフェアじゃないだろ?」って言葉は煮崩れロッカーなりの矜持と倫理という文脈上でかっこいいとされる(それ以外の文脈ではクズ扱いされそう)。

 一方、美しいってのは、それ自体で成り立つとのこと。ウィザード級のハッカーが凄い美形だったり美人だったりはあり得るし、それは彼/彼女がパソコンの前にいなくて、むしろ苦手分野っぽい社交界にいたり、そんなどんなでたらめな文脈の中にいても「美しい」は成り立つ。

 さて。上記の詩の「Beautiful」とか「美しさ」って、「見目麗しい」とか、そういう意味で使われているのではない気がする。外面的な描写は一切なくて、彼を形容する言葉は生煮えで優柔不断な感じのものばかり。まだ何者にもなっておらず、自らの無力に灼かれている厭世的な夢想家といった風情。ようするに扱い難いあんちゃんってことね。

 沢山のエモーションが籠められている気がするけど、いまいち掴み切れない。でもある種の説得力がある気もする。おそらく、ここで言う「美しい」とは、世界に突き刺さる一行の詩のような在り様を指しているのではないかと思う。何たって「Beautiful World」に「Beautiful Boy」と等価に扱われている。世界が滅ぶが男の子が滅ぶかの<決闘的>な関係しか築けない、そんな在り様が「美しい」という視線で歌われ得るってことにびっくりした。

 あー、何て言うんだろ。これって何かと何かをつなぐな何かだと思うけど(なんて言い草だ)……宿題とします。





2010⁄01⁄19 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(3) trackback(0)







 That's my soul up there


 さてもさて、Ruby技術者認定試験を受けてきたよー。

 のろのろと起きて日々の雑事を片付け(合間合間に模擬試験の問題を読みながら)、幽鬼の足取りで会場へ向かうも、迷う。神テメェ。毎度不必要なアトラクションが用意されているこのクソ人生も悪くない。一度きりで、終わるなら。

 見当違いの方向に随分進んだところで根を上げ、コンビニに助けを請い、壮絶に時間を浪費しつつ、ときに間違ってまったく関係のないビルの使われてないフロアに迷い込み、心細さで世界の色が失せて見えたりしつつも、なんとか試験会場の近くの喫茶店に腰を落ち着ける。

 そこが脱サラした髭のマスターが妙にフレンドリィに絡んでくる魔界だって――ぼくはそのとききづくすべもなかった。壁にかかっている年季の入ったギター(フェンダーのストラトキャスター)、そしてBGMはPINK FLOYDのライヴだ。同属嫌悪が燃え上がる。静かに、しかし、激しく。

「そこの席は凍えるよぉ。こっちに入りなよ」
「アイスコーヒー!? どんだけ季節感がないんだよ!」
「うわ、目がチカチカする!(試験対策の資料を一目見て)」
「またアイスコーヒー!?」

 Leave! Me! Alone!

 思わぬ横槍に散々晒されながらも、なんとか試験にありつく。やれやれ。もう私はこの時点で私を合格させてあげたい(また!)。試験は予想より若干難しい程度だったけど、なんとか受かるんじゃないか、ぐらいのてごたえで、早々に試験終了。ギリギリで合格に滑り込めましてん! って言うかそんなに間違えてたのか! 死神の鎌がうなじの和毛を薙いだ感覚に、試験後しばらく震えが止まらない。

 IOを絡めたFile/Dir関係の問題が多かったような気がしますのだ。受験予定者は注意なされよ。

 度重なる緊張を解すために、お酒出してくれる軽食屋さんでビールでパスタを流し込み、「やれやれ」みたいな感じになっていたら、隣で談笑していたお姉さんに何だか写真を撮られる。一体今の行為の意図は何だったんだ/食事のマナーが悪かったかも知れない/私のキモさが甚だしくなかったという保障はない。やれやれ。

 キモさが甚だしくなかったという保障は、ないんだよ。





2010⁄01⁄17 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(0) trackback(0)







 That's my soul up there


 Ruby技術者認定試験(Ruby Association Certified Programmer Silver)って資格試験がありましてね。オープンソース文化でこういう試験って格好よくないのかな、と思いつつも、Rubyistの端くれ(そうなんですよ、実は)として、持ってないのも癪だし、コミュニティが潤えばいいなって思って受けることにしたンすよ。

 1週間前に。

 自分で手続きしておいて何だけど、1週間とかで受かるワケがなかろう。「ゆなら、まぁ、受かるんじゃない?」とか、そんな四則演算が不自由な感じの期待/プレッシャーにまんまと踊らされ、問題がダマになったまま試験勉強に頭から突っ込むことと相成りましてよ。あと、みんな受けるって言うし。

 この息詰まる焦燥が生の実感ってヤツを弥増すよなぁ!

 とにかく時間がないので、戦略的にお勉強しようよ。事前調査により、生Rubyの機能から出題されるとのことで、文法と組み込みクラスのみに勉強対象的を絞った。クラスに関してはArray、Hash、String、Regexp、File/Dir、Timeの順に優先順位をつける。

 文法に関しては、コミッタのYuguiさんが書いてる『初めてのRuby』と人から借りた『Ruby技術者認定試験 公式ガイド』をおさらいして、模擬試験の解答・解説を熟読することにした。どうせ腕試しをしてる暇なんてないんだ。模擬ってる時間があるならひとつでも多く自信のある箇所を増やしたい。どこを押えてて欲しいのか、出題者の意図を汲むことに傾注する。

 組み込みクラス等のよく使う機能に関しては公式のRubyリファレンスマニュアルにあたって、よく使われるメソッドを分類分けしてまとめた(selectとfind_allは同じ、とかね)。徹夜してまとめた。わたしおとななのに いちやづけとかしてて おもしろい。カフェイン・オーバードーズでお腹を痛くしながら、「ああ」って思った。

 なんか、「ああ」って思った。





2010⁄01⁄15 21:00 カテゴリー:お勉強 comment(0) trackback(0)







 That's my soul up there


 日々の憂鬱が重なり、ピアスを開けることは最早避け難かった。運命が貴様を狩り立てたのだ! 衛生面/会社に対してどうやって隠し通すか/痛くないのか/本当に痛くないのか/ほ、本当に? ……等、入念な調査の結果、私の守護天使からGOサインが出た。私の守護天使はGOサインしか出さない。

「そんなわけで、ひとつ。施術をお願いします」
「ええー」

 年齢的にどうなのかという意見ももっともだ。しかし、競争相手が少ない場所を主戦場とする戦略をブルー・オーシャン戦略と呼ぶ。私は戦略的に正しい。ちなみに競争相手がいない場所を主戦場にするのは構わないが、そこにはマーケットも存在しない。選ぶのは自由だ。一発限りの人生を謳歌するといい。

「あー、結構耳たぶ厚いねぇ」
「これ、『バツン!』っていうかも」
「いち、に、の、さん……じゃなくて、いち、に! で行くかもよ!」

「はよう! はよう、施術を!」

 ここでふるふると寒さに震える仔猫のような私を想像していただけると僥倖だ。……どうした、お前の想像力はそんなものか? 息を詰めて針が耳を貫通する瞬間を待っていると「パシュッ」というあまりに軽い音と洗濯バサミで挟まれた程度の痛みが通り過ぎる。え?

「終わったよー」

 流血のため数日肩にタオルを置いて仕事をする自体まで想定していたのに、流血も痛みもないとか、もう耳たぶの意味解んない。何あれ。ラジエーター? それともライナスの毛布的なもの(不安を紛らわせるためにモニモニするために使う)? 谷川俊太郎が訳した「かみさまへのてがみ」にもこうあるよ。

かみさま
あなたは きりんを ほんとに
あんなふうに つくりたかったの?
  それとも あれは なにかの まちがいですか?






2010⁄01⁄13 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(3) trackback(0)







 That's my soul up there


 狂気とは重力のようなもの。人は一押しで堕ちて行く。

 ――と、ジョーカー様に指摘されるまでもなく。「ゆなら1ヶ月でこのぐらいの資格ならとるだろう」などと私の与り知らぬところで謂れの無いハードルのガン上げを経験しつつ、それはまぁ、それとして。友人にDSなるものを借りましてん。さいきんのぎじゅつはすごいね!

「家に使ってないのが3つあるよ。1つは妹ので、すげぇデコレされてるよ」
「それを私に持てと言うのか」

 かくてそれ以来、Final Fantasy IIIが止まらない。私は私をコントロールできない。

 このゲーム、もう20年前のものなのか。その時私はクリアできなんだよ。そもそもRPGをクリアすること自体が稀だよ。ここが大詰め、といったところで何故かふとむらっ気を起こして引き返し、その壺中天で遊ぶことしばし、そして当初のミッションを忘れて「自分的にはクリアとす」と納得して幾星霜。今後このようなことがないようにしたい。

 そのような想いを胸に昼夜を忘れ寝食を忘れゴリゴリとストーリィを進めていたのだが、戦略の名の元に目を背けていた、パーティの抱える弱点がだんだんと目につき始め、気がつけば、朦朧とした頭の命じるままレベル上げに取り憑かれている始末。だって圧倒的な火力で敵を殲滅するのが好きなんですもの。

 シーフの熟練度が99になる一方で、私は私で資格試験の準備なんて一輪の花の蜜程度も行っていないというこの受け入れ難い現実! 私の血を流し骨を削るような努力が全然実を結ぶ気配がないというこの難問! 何か実存的にイヤな事でもあって、全力で逃避でもしているのか私よ! 

列を成せ汝従順のマシン
傍受せよさあ 思慮は今罪と知るべし

「市民、あなたは幸福ですか?」
「当たり前です。幸福は義務です、コンピュータ様」





2010⁄01⁄11 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(2) trackback(0)







 That's my soul up there


 年も明けたし、大掃除の続きでもするか! 本のお片づけを行う。徹底的に、そして、無慈悲に。悪いものに憑かれていたとしか思えないスピードで買い込み読みこなしたビジネス書と様々な技術の入門書に大鉈を振るい、古本屋さんに売るべきものを選別し、積み上げる。私のBitter Half。

 リトル・ピープル的なモニュメントができあがった。

 観よや、このいやしくも空転する上昇志向と腐敗し不快な臭いを放つ自意識の山ときたら。その低められたイコンっぷりよ! それは何らかの傷口であり、それは薔薇であり、迷宮にして鍵である。痛みが英雄の通過儀礼ではなくなった現在において、刺青は傷の外在化である。

Where will you be they tense for warfare?
弛まぬ戦渦にありて、貴女は何処に
What will you see with your innocence there?
其処で貴女の純潔は何を見られるのでしょう
Where will you be my darling?
愛しい人よ、何処に
Where will you be they tense for warfare?
弛まぬ戦渦にありて、貴女は何処に

Where will you be when God is glorifying?
神の栄光が降り注ぐ時、貴方は何処に
There we will be between the dead and dying
死者と死に行く者の狭間に私たちは在るでしょう
Where will you be my darling?
愛しい人よ、何処に
Where will you be when God is glorifying?
神の栄光が降り注ぐ時、貴方は何処に

 ゲドがそうしたように、ガンダルフがそうしたように、私は私を受け入れなけいやいやいや、何と言い繕おうと、これはちょっと気まずいだろう。タオルを噛み、くぐもった声で「アーッ」って叫ばざるを得ないだろう。ダンボールに詰める作業も億劫で(ちゃんとソートしないと入らないからな!)、本の塔の隙間に身体を横たえ、新春早々ふて寝。





2010⁄01⁄09 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(0) trackback(0)







 引用032 『1974 ジョーカー』


「おまえは彼女が欲しかった、そうだな?」
「はい、警視」
「だがまったく相手にしてくれなかった、そうだな?」
「はい、警視」
「そこでおまえは何をしたんだ?」
「強引にやりました」
「何をやったんだ?」
「性器に入れました」
「それから?」
「口に入れました」
「それから?」
「肛門に入れました」
「それから何があったんだ?」
「彼女は黙っていませんでした」
「彼女は何と言ったんだ?」
「警察に通報すると言いました」
「そこでお前は何をしたんだ?」
「首を絞めました」
「それからお前は何をしたんだ?」
「頭の皮を剥ぎました」
「なぜだ?」
「彼女がまだわたしを見ていたからです」
「もう一人と同じようにだな?」
「はい、警視」
「どう同じなんだ?」
「もう一人と同じです」
「自白したいんだな?」
「はい、警視」
「何をしたいんだ?」
「自白です」
「よろしい」

  デイヴィッド・ピース/『1974 ジョーカー』pp.473-475





2010⁄01⁄07 21:00 カテゴリー:引用、もしくは考えるべきこと comment(0) trackback(0)







 Why So Serious? 『イースタン・プロミス』


Vigo

『イースタン・プロミス』

 もっと! もっとノワール分を! 今度はロシアン・マフィアの映画を見てみたよ。"Yakuza! Yakuza! Yakuza!"って曲がございましてね(ABIGAIL最高!)、ええ、もうヴィゴ・モーテンセンがヤクザにしか見えない。『ゴッドファーザー』のマフィア勢と比べ、泥臭い暴力/地に足着いた人体破壊が得意そう。怖すぎる。題名の「イースタン・プロミス」ってのは人身売買のことだそうだ。

 ヴィゴ・モーテンセン、好きな家事は皿洗い、好きな食べ物はチョコレートだって。

 初っ端からわりと丁寧な人体のヌラヌラ神秘描写などあり、晩御飯見ながらじゃなくて本当によかったと思ったのだけど、そう言えば監督がデイヴィッド・クローネンバーグだ。しまった、また変態の類だ。『イグジステンズ』あたりもヌルヌルヌラヌラの極致だったような。

 確か、仮想現実を題材にした話だったハズが、『マトリックス』とかのようにメカメカしいものでは一切なく、へそだか何だったかに小腸っぽい管を通して妄想の世界にダイヴするという、「いつもいつもどうしておまえはそうなんだ!」と呆れるような、映画を観てるのか誰かの粘膜観てるのか解らないような作品だったと思う。ごめん、そこまで酷くなかった気もする。

 なんにせよ。魚料理だったか魚の死骸だったかを組み合わせ、そこから人の歯を発射するという、変態が持ち前の変態脳を変態的に駆使したファンタスティックな銃が出てきたと思うから、クローネンバーグ監督と趣味を共有出来る特殊なお友達はご照覧のほどを。

 えー、今回観たのは『イースタン・プロミス』でした。1人の少女が死に、彼女の子供とロシア語で記された手記が残された。それを巡ってのお話。助産婦さんと「ただの運転手だ」と称するニコライ(全身刺青のヴィゴ・モーテンセン)、そしてロシアマフィア<法の泥棒>の愉快な面々(揃いも揃って下衆)が物語を回す。

 ロンドンの湿って底冷えするような町並みが美しく、マフィアの経営するレストランの豪奢な内装と温かそうな料理が心の底からホッとさせる。白髪で背筋の伸びた、福々しいお爺さんの深い声もなんだか安心する。そこは弱者を執拗にいたぶる連中の巣窟であるわけだが。

「私が手記を訳して君のうちに郵送しよう。住所を教えてくれ」
「わたしが取りに来ます」
「そうか。じゃあ帰りは送るよ」
「近くです」

 ここら辺の膿が滲み出るような不吉さよ。そういう忌々しさのようなものが常に奥底で鳴り響いており、目には見えないけれど、登場人物それぞれがそれぞれの仕方で、その中心に向かって吸い込まれていく。儚く、おぞましい。周囲に何かを分け与えられる状態を<富>とするなら、その欠乏である<貧しさ>がどのように人に働きかけるかの、一つの端的な形だったように思う。ラストの余韻も見事なもの。

 <法の泥棒>組の人たちは誰にも膝を着かぬという意志を表すために膝に星の刺青を入れるそうな。ヴィゴ兄貴似合いすぎる。倫理的な是非はさておきメロメロだ。無骨な優しさと品良くスーツを着こなすも鋼のような暴力が滲み出る様、よく訓練されたドーベルマンのような佇まい、サウナでの全てさらけ出した(文字通り全部だ)全裸バトル……もうヴィゴ兄貴になら一夜を託してもいい。





2010⁄01⁄05 09:00 カテゴリー:感想と雑感 comment(0) trackback(0)







 That's my soul up there


 Hatsuharuのお慶びを申し上げます。

 I have always found that angels have the vanity
 to speak of themselve as the only wise
 this they do with a confident insolence
 sprouting from systematic reasoning


 小フザけたプロジェクト(まさか契約が切れる3時間前に2本の障害対応が降ってくるとは)が終わったかと思いきや、今度は本社の大掃除の総指揮を任され、大変に気分を害する。今日からお前らを番号で呼ぶし、肉親や身体的特徴を面白おかしく皮肉ったあだ名もつける。師走だからって無理にバタバタする必要もなかろうに。みんなもっとゆっくりしようよ。意味を成さないパロールを囁きあう死者の列のようにゆっくりしようよ

 這うようにして実家へ。

 今日はもう早く寝よう。そして元旦はきっと月下の湖のように冴えた頭で過ごすんだ……そんな願いも空しく、弟Aが早々に泥酔なさり、かつてない規模、かつ最もゴロツキ的口調での大説教を余儀なくされ、午前3時とかに寝る。クソッタレめ! 説教中のドサクサに紛れて「人類は好き、個々人も好き、だけど群集は嫌い」とか形而上学的にアレなことを口走る私は醜い。

 そんなこんなでぼんよりお正月。お年玉を貰う立場から謙譲する立場になった途端このテンションの下がりよう! 氏神様にお祈りに行き、くじを引いてみれば大吉でそれぞれの項目の節々に「リラックスせよ」的なことが書いてあるじゃないか。この世ならぬ次元から、気を使われることが帰って息苦しい類のフォローを受けた気分。や、やめろ。

 かくて、今年の抱負は「会社を(リストラクチャ的な意味で)引っ掻き回すのみならず、餓死もしない」とする。二兎追うものはなんとやらにならないように頑張る。餓死しようものなら前提条件が崩れるので、そっちにばっかり尽力する。みなさまにおかれましても、壮健であられますように。





2010⁄01⁄03 21:00 カテゴリー:白昼夢のような日々 comment(0) trackback(0)









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職にちょっと馴れてみれば
即「還俗した」などと抜かしてみる。


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