Happiness is overcoming your fears
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 Why So Serious? 『ヒックとドラゴン』


TameDragon
『ヒックとドラゴン』

 私たち、きっと、童話を観ましょうね!

 何となく評判いいらしいから借りてきた『ヒックとドラゴン』に仰天したよ。何とかって島にはバイキングが沢山住んでいて、そこにおいてはドラゴンってのは害獣であり、筋肉によりドラゴンを多くねじ伏せる者が社会的ステータスを得る。そんな世界のはぐれ者の話。

「お前はその……直さなくちゃな」
「今、僕全部を指した!」

 主人公ヒックはひ弱で減らず口だけど、剄い目を持つ少年。放っておくと勝手に入念な観察を行い、頼まれてもいないトライ・アンド・エラーを繰り返しちゃう。他者の介入がなければ、ちょっとしたパラノイアだけど、何だかとても好ましく、物語が進むに従い、その目が重要な意味を帯びてくるあたり、「よくできてるなぁ!」とキラキラしちゃうぜ。

 なにせ、状況を鋭く観察出来る人はリーダーに向く。

 ええ、そりゃあ勿論映像の凄さときたら! 竜の背に乗り飛ぶ、そのスピード! 観ているこちらの内臓がフワッとなるような落下! ばかでかいものが宙に浮かぶ恐ろしい威圧感! そして! 女の子が男の子を好きになっていく過程!

 勝気で武闘派なヒロインの目の動きを追っていて、もう胸がキュンキュンすることしきり。心配で盗み見しちゃう/庇護の対象として優しく見守っちゃう/主人公が思いの他出来る子で、ライバルとして敵愾心をむき出しにしちゃう(わたしの立場は!?)……と心の動きってこれだけ解るのかとびっくり。

 そしてクライマックスの前の対話だよ、もう。ヒックにとって、実にマズい方向に状況が転がり出し、打ちひしがれた彼に対し、わざわざ皮肉を言ってみせるシーンがあるんだけどさ。その時の不安や怒りが混ぜこぜになった表情(怒る? 怒る? どうするの?)から、ヒックの返答を聞いた時の会心の笑みを観るにつけ、もう足をバタバタさせてしまう。

 あのシーンって、女の子が「お前は何物だ」と問うところだったように思う。逆境において、どう決断を下すのか、その決断を下すお前の来歴は何か、という、こう、実存的な。で、女の子はヒックがとても気になっているため、あんまりしょうもないヤツだったらがっかりなわけさ。だからこその不安と、その後の笑顔ってわけさ。「よし、こいつはわたしのもの!」みたいな。

 大冒険に大団円! ここ最近クネクネ考えている主題とやや近いところにヒットしたこともあり、「想像力! これが想像力だ!」と小躍り! 新しい時代をもたらす者が<内部>と<外部>の境界に位置する何かになってしまう、残酷な神話性までキチンと封入されていて、子供相手ってのは生半じゃいかんよな、と背筋が伸びる(だってあいつら、コストパフォーマンスとか考えないじゃん)。何より。

「今、僕全部を指した!」と「見たら殺せ(Kill in sight)」って使っていきたいフレーズ。
「今、僕全部を指した!」と「見たら殺せ(Kill in sight)」って使っていきたいフレーズ。



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2011⁄01⁄23 21:00 カテゴリー:感想と雑感 comment(0) trackback(0)







 Why So Serious? 『イースタン・プロミス』


Vigo

『イースタン・プロミス』

 もっと! もっとノワール分を! 今度はロシアン・マフィアの映画を見てみたよ。"Yakuza! Yakuza! Yakuza!"って曲がございましてね(ABIGAIL最高!)、ええ、もうヴィゴ・モーテンセンがヤクザにしか見えない。『ゴッドファーザー』のマフィア勢と比べ、泥臭い暴力/地に足着いた人体破壊が得意そう。怖すぎる。題名の「イースタン・プロミス」ってのは人身売買のことだそうだ。

 ヴィゴ・モーテンセン、好きな家事は皿洗い、好きな食べ物はチョコレートだって。

 初っ端からわりと丁寧な人体のヌラヌラ神秘描写などあり、晩御飯見ながらじゃなくて本当によかったと思ったのだけど、そう言えば監督がデイヴィッド・クローネンバーグだ。しまった、また変態の類だ。『イグジステンズ』あたりもヌルヌルヌラヌラの極致だったような。

 確か、仮想現実を題材にした話だったハズが、『マトリックス』とかのようにメカメカしいものでは一切なく、へそだか何だったかに小腸っぽい管を通して妄想の世界にダイヴするという、「いつもいつもどうしておまえはそうなんだ!」と呆れるような、映画を観てるのか誰かの粘膜観てるのか解らないような作品だったと思う。ごめん、そこまで酷くなかった気もする。

 なんにせよ。魚料理だったか魚の死骸だったかを組み合わせ、そこから人の歯を発射するという、変態が持ち前の変態脳を変態的に駆使したファンタスティックな銃が出てきたと思うから、クローネンバーグ監督と趣味を共有出来る特殊なお友達はご照覧のほどを。

 えー、今回観たのは『イースタン・プロミス』でした。1人の少女が死に、彼女の子供とロシア語で記された手記が残された。それを巡ってのお話。助産婦さんと「ただの運転手だ」と称するニコライ(全身刺青のヴィゴ・モーテンセン)、そしてロシアマフィア<法の泥棒>の愉快な面々(揃いも揃って下衆)が物語を回す。

 ロンドンの湿って底冷えするような町並みが美しく、マフィアの経営するレストランの豪奢な内装と温かそうな料理が心の底からホッとさせる。白髪で背筋の伸びた、福々しいお爺さんの深い声もなんだか安心する。そこは弱者を執拗にいたぶる連中の巣窟であるわけだが。

「私が手記を訳して君のうちに郵送しよう。住所を教えてくれ」
「わたしが取りに来ます」
「そうか。じゃあ帰りは送るよ」
「近くです」

 ここら辺の膿が滲み出るような不吉さよ。そういう忌々しさのようなものが常に奥底で鳴り響いており、目には見えないけれど、登場人物それぞれがそれぞれの仕方で、その中心に向かって吸い込まれていく。儚く、おぞましい。周囲に何かを分け与えられる状態を<富>とするなら、その欠乏である<貧しさ>がどのように人に働きかけるかの、一つの端的な形だったように思う。ラストの余韻も見事なもの。

 <法の泥棒>組の人たちは誰にも膝を着かぬという意志を表すために膝に星の刺青を入れるそうな。ヴィゴ兄貴似合いすぎる。倫理的な是非はさておきメロメロだ。無骨な優しさと品良くスーツを着こなすも鋼のような暴力が滲み出る様、よく訓練されたドーベルマンのような佇まい、サウナでの全てさらけ出した(文字通り全部だ)全裸バトル……もうヴィゴ兄貴になら一夜を託してもいい。





2010⁄01⁄05 09:00 カテゴリー:感想と雑感 comment(0) trackback(0)







 Why So Serious? 『フェイク・シティ』


FakeCity

『フェイク・シティ』

 『ブラック・ダリア』を見たときのご飯の中に小石が混じってた感じ、あれは今思い出しても上手く飲み込めない。ちょっとウェット過ぎるんじゃないか/演劇調過ぎやしないか/え、結局そんな話だったっけ? 監督がブライアン・デ・パルマ、15歳貸出禁止ってあたりに対する私の想いは塩の柱となり果てた。

 吹抜けのホールの上階から薄気味悪い婆さまが誇らかに狂った倫理観を垂れるシーンやどいつもこいつも思わせぶりな様子、建物が陰影濃く美しく撮られている様など、面白いところもあったんだけど、エルロイはそんなんじゃねーだろ、と途中何度も我に帰る。デ・パルマ的、あまりにデ・パルマ的。

 『ブラック・ダリア』は少女娼婦が惨殺され、それを追う2人の理性のたがが外れていく物語。年齢制限が設けられていることから、どんなに私の心をひび割れさせ、荒らしてくれるのかとワクワクしたのだけど、デ・パルマ叔父さんは少女娼婦と娼婦にこれでもかと執着する。お陰であっちでイチャイチャこっちでイチャイチャし、惨殺方面はわりとご無沙汰。そっちかよ。えっち!

 で、当のジェイムズ・エルロイ御大が自ら脚本した『フェイク・シティ』を見て、とっても心は荒れて、喉も潤って、大満足という話をしたいわけだよ。どっちかというと可愛い顔のキアヌ・リーヴス(ラドロー/悪徳警官)もアルコールとのっぴきならない状況で何だか常時顔色が悪く、目付きもドロッとしており、大変好ましい。

 悪徳警官、強請屋、快楽殺人鬼、娼婦、あるいはマフィアぐらいしか出て来ないと言われるジェイムズ・エルロイの物語ですが、今回はちゃんと韓国人とか看護婦さんとか出てくるよ! 韓国人と言ってもマフィアで変態だし、看護婦さんと言ってもせいぜいラドローのウィーケスト・リング程度の役割しか果たさず、物語の機能としては娼婦と大差ないのだが。

 いつものエルロイ先生でした。

 潜入捜査ついでの激しい銃撃戦の末、ラドローを取り巻く状況はあれよあれよ縺れ絡まり、彼を不安と恐怖の淵に押しやって行く。この焼けた石を抱かされているような感覚! 最高だ。チンピラを人物像が描かれた看板ぐらいにしか思ってない風に締め上げ、射殺するラドローはまるでそいつらに恐怖を肩代わりさせているかのよう。

 恐怖とか罪の意識とか周囲の身勝手な欲望とか、そのようなおぞましい何かから目を背け、背中を灼かれるようにして手を汚し続けるその先、ある種の聖なる地平へと誘われていく姿が、どうしようもなく切ない。これは生活の苦しみが人間の観念を作り上げるのと並行的だ。

 そう言った意味で、エルロイ先生はドストエフスキーの『悪霊』や『罪と罰』的な主題そればっかりを書いていると言ってもいいと思う。足元を切り崩され続けた結果、そこは空でした。人間なんてゴミに見えるぜ、といった風情。かくてクルクル回って落ちてより低い場所に叩き付けられる。そのスピード。

 教訓:ちゃんと相手が先に発砲したように偽装するのは大人のマナーです。






2009⁄12⁄26 21:00 カテゴリー:感想と雑感 comment(0) trackback(0)







 Why So Serious? 『Hips Don't Lie』


 やったー! Shakira featuring DANZIGの"Hips Don't Lie"のPV見つけたよー!

 ……え?

 Shakiraという人がいるらしい。何でもIQ140でセクシー分過積載である点で有名であるそうだ。それが「かわいい」だの「色っぽい!」という感慨よりも「関節が滑らかに整備されている」とか「機能的に優れている」とか、そういう方向に針が触れちゃってる感じの人で、まぁ、Metal界に一切関係がない。

 Glenn Danzigさんと言えば、速いhard coreなんて子供のおもちゃだと啖呵切ってMISFITSを飛び出して誰も理解出来ないこと始めたり、ちょっと体力落ちてる時は見るのがキツいぐらいムキムキなのに、デビルマンの熱心な信奉者で、アメリカの漫画祭を主催したり、ポップなhard rockバンドをディスった後、そのバンドのギタリストだかに追いかけまわされたりしてる可愛い人。

 私、結構Glenn Danzigが好きでね。Elvis Presleyがgothったみたいな声もいいし、彼の書くメロディが結構ツボだ。"Hips Don't Lie"って思い切ったタイトルだなオイって思うけど、DANZIGさんはそこにあってもなくてもいい歌詞をつけ、挙句の果てに自ら「Danzig! Danzig!」コール。魅せてくれるじゃないか。

I never really knew that she could dance like this
(全然知らなかったよ、こんなに踊りが上手いなんて)
She makes a man want to speak Spanish,
(男ならスペイン語で話しかけたくなるね)
Como se llama, bonita, mi casa, su casa
(美しい方、お名前は? 俺の家はあなたの家だよ)

Oh baby when you talk like that
(そんな風に話しかけられると)
You make a woman go mad
(女は夢中になっちゃう)
Reading the signs of my body
(わたしの身体のサインを読み取ってね)
You know my hips don't lie
(知ってるでしょ、私のヒップは嘘つかないって)

 あまりに衝撃的なタイトルであったため、ちょっと調べた。下記は原曲から抜粋。スペイン語とお尻の相聞歌なのね("コミュニケーション"には常々無限の可能性を感じている)。おモテになる方々は、日常的にそういう会話をするって、私は知っているよ! 一方、DANZIGヴァージョンでは。「DANZIGならスペイン語で話しかけたくなっちゃうよ」って歌っているわけだけど、肝心のスペイン語はこんな感じ。

「ブリトー(Brrito)、ドリトス(Doritos)、祭(Fiesta)、前菜(Antipasto)」
「サンブレロ(Sombrero)、ロバート・デ・ニーロ(Robert De Niro)」
「えー……DANZIGってスペイン語で何て言うんだっけ?」

 かくて、原曲でのクライマックスは。

Mira en Barranquilla se baila asi, say it!
(バランキヤではこうやって踊るのよ、さあ!)
Mira en Barranquilla se baila asi
(バランキヤではこうやって踊るのか)


 DANZIGヴァージョンはこうだ!

Mira en Barranquilla se baila asi, say it!
(バランキヤではこうやって踊るのよ、さあ!)
I have no idea what she said!!!!
(彼女が何て言ったかわかんねぇ!)

 外見上は美男美女の組み合わせだけど、そもそもコミュニケーションが成り立っていないどころか、お互い意思疎通する気もてんでない様子が清々しい("コミュニケーション"の不可能性には常々胸を痛めている)。Danzigさんと来たら、相手に対する呼格が「Woman!(女よ)」だぜ。正気か。何だその大文字(キャピタル)感。一体誰に……いや、<何>に向けて呼びかけていると言うのか。

 それにしても、ああ、それにしても。Glen Danzigが荒野に銀狼と佇んでたり、一緒に走ったりしているシーンを思い出すだけで随分と幸せな気分になれる。「いい男の条件、それは銀狼と気持ちが通じることだ」と言わんばかり。去勢されてないにも程があるじゃないか。生まれる時代を何百年か間違えているし、場所にしたって文明ってやつがあるところだったのは明らかな大失敗だろうよ、このうっかりさんめ。

 ……これを冗談だと受け取る自分が飼い馴らされ過ぎている気がしてきた。





2009⁄12⁄20 00:00 カテゴリー:感想と雑感 comment(0) trackback(0)







 Why So Serious? 『Shaun of the Dead』


shaun

『Shaun of the Dead』

「ゾのつく言葉は使うな!」
「何で?」
「馬鹿みたいだろ!」

 何事につけやる気も何もないショーン君は毎日のようにパブに入り浸ってて、ガールフレンドとのデートもそのパブで、いい加減愛想つかされたり、元気に生き腐れている親友のデブ(主人公以外からは嫌われている)を庇ったり、一緒に馬鹿話に花を咲かせているうちに世界の終わりっぽくなった。

 そもそもホラー映画が苦手であり、わけてもゾン……えぇと、死体が動き回る系の映像には無類の拒絶反応を示すところの私なのだけど、『Hot Fuzz』の監督が撮った映画である点、うちのドラマーが面白かったと言っていた点を鑑み、恐る恐る見ることにしたよ。

 勿論、事前の入念なゴア描写有無の確認は欠かさないんだぜ。

 ゾン……えぇと、歩き回る死体よりも歩き回る死体っぽいダメ人間を主人公に仕立て上げつつ、ストーリィは開始15分程度でカタストロフを迎える大変フットワークの軽い出来。ただし主人公が主人公のため、その後暫く死者の街と化していることに気付かない。ヤッホー! アパシー!

 出勤中、明らかな血痕も目に入らないし、歩き回る死体を見て「相当出来上がってんな」というクソのような感想を漏らす程度。ようやく危機的な状況に放り込まれても、「家から出ないでおこうかな」とか「事態が収まるまでパブで呑んでようぜ」とか、消極策しか出てこない!

 ゾン……歩き回る死体に襲撃され(その時はヤク中扱いしていた)、写メを撮ったりしているうちにいい加減マズいかもって空気になって、埋蔵していたレコードを「これは投げていい」「これは投げちゃダメ」とか言いながら投げて戦い始める。その後も、クリケットのラケットで殴ったりとか、「連中の真似すれば気付かれないんじゃない」とか、なんだか随分牧歌的なのばっかりだ。

 そのようなショーン君たちですが、母親救出作戦あたりから<当事者>として胸がすくような成長っぷりを見せてくれるも、悪意だか諦観だか、飲み込み難い後味を残す、あるいは無理矢理社会派を気取ることも可能(もしお好みであれば)なオチをつけるあたり、何だかとってもイギリスって感じですわね。

 それにしても、"Sort your life out!!"って絶望の淵で殴り書く彼がちょっと人事とは思えない。絶望と言っても二日酔いだが。「真面目に生きろ」とかそういう感じの字幕がついていたけど、英語のほうがなんか迫力があるね(技術者的には"Sort"ってのは馴染み深くありますな)。面談のたびに上司に「色んなことに手を出しすぎ」とか「目標を高く設定し過ぎ」とか言われて続けて2年、か…・・・。

「誰だ、こんな曲流したのは!」
「自動再生だよ!」






2009⁄12⁄11 00:00 カテゴリー:感想と雑感 comment(0) trackback(0)









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職にちょっと馴れてみれば
即「還俗した」などと抜かしてみる。


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